民俗学とはどんな学問か
・通常、歴史 というのは文 字の資料で残された記録をもとに復元されます。しかし、日常の何気ないことはわざわざ記録などしないものです。 そ ういうものは人々の記憶の中にしか残されません。私は、民俗学とはお年寄り たちから過去のことを聞き出して歴史を復元する学問だと考えています。

民俗学の強み
・ 紙に書かれた記録はリアリティがありません。それに対し、個人の強烈な記憶、忘れがたい思い出、これだけは誰か に伝えておきたいという話 を聞くことは、その時代を生きて きた人の情念を今の時代によみがえらせるこ とになります。先人の苦労や喜びをストレートに表現する歴史が民俗学です。

民俗学の弱み
・ 民俗学の強みはそのまま弱みでもあります。自分の過去に思い入れが強いほど、語られる中身は誇張され、事実と異 なってくることも考えられ ます。このため、紙の記録で勝負する歴史学の人たちからはインチキの歴史を組み立てる学問として馬鹿にされてき ました。
・しかし、数多くの人から同じ話を聞き出す調査を繰り返してゆくことで、事実の歪曲は正すことができます。民俗 学研究に求められるのは、とにかく数 多くの人と会い、数多くの話を聞くことなのです。


老人と民俗学

・古来、日本はお年寄りを敬い、大切にする文化を持っていました。そのお年寄りが、今の日本の社会で はのけ者にされていることがしばしばあ ります。苦労して日本の社会を支えてきてくれた人たちなのに、今では
自 分の存在意義を見失っているような人もたくさんいるのが実情です。

・民俗学研究者にとって、過去を語ってくれるお年寄りはお師匠さんです。「こんな話は家族の誰も聞いてくれなかった。あ んたが聞いてくれてよかった」と、 涙を流して語ってくれる人もいます。調査の最後には、お年寄りと手を取り合って別れを惜しむこともしばしばでした。民俗調査は調査者とお年寄りとの共同作業で す。

認 知症の人でも、自分が生き生きとしていた過去のことを聞かれると、いろいろなことを思い出します。養 護老人ホームでは、お年寄りに過去のことを聞くことでお年寄りが元気になることが確認されており、回想法という 認知症治療の手法として注目されています。

民俗学に明日はあるか

・お年寄りとともに滅びるのが民俗学だと言う人もいます。確かに、古いことを知っているお年寄りはど んどん亡くなってゆきます。今、昭和初 期の暮らしぶりや戦争の話を聞き出そうとしても、相手を探すのに苦労します。あと10年もすると、戦争中の暮ら しなどは誰も語る人がいなくなるでしょう。

・しかし、時代は流れてゆきます。その次には、戦後の耐乏生活や高度経済成長期の企業戦士の話など、興味のつき ない話題が出てくるはずです。聞く側との世 代間ギャップがあることで、若い世代にとって知らない話は常に登場してきます。様々な人たちの生き方を知ること が好きならば、民俗学が対象とするネタは尽 きません。人が怒ったり
泣いたり笑ったりして生きている限り、民俗学は決 して滅びることのない学問だと 思います。

民俗学の現状

・今、民俗学を学ぼうとする人は多くありません。儲からないし格好悪い学問です。やってる若い人たちも地道に聞き書き調査をすることを面倒くさが り、お年 寄りから話を聞くこともなく、目先の事象 で論文を書こうとします。学会に行くと、「コンビニの民俗学」とか「マンガの民俗」など、奇をてらった若い人の研究テーマが並びます。私は、もっ と先人の 足跡を知るための民俗調査をすべきだと思っています。今聞いておかないと、そのお年寄りが死んだら全てが忘れ去られてしまうことがたくさんありま す。あの とき聞いておけばよかったと後悔することはたくさんあります。きちんとした歴史を伝えてゆくことは、次の時代を作る人たちに対しての、今の時代を 生きるも のの務めのはずです。直近の過去を復元しようという立場で、民俗学 を志して くれる人がでてきてくれるのを期待しています。


→戻る